◆□◆   ビースト・ファイヤ!!  ◆□◆ 02


「・・・どうしよう、どうすれば・・・」
 セイロは無意識にその声に関わる事を拒絶した。
「ねぇねぇ、あなたってばぁ〜〜〜っ!!」
 無意識に無視。
「あああ〜〜・・・退学だろうか?」
「ちょっとぉ、聞いてるのぉ〜??」
 無意識に拒否。
「もしかして、責任取らされて、一生、先生の世話・・・なんてこと・・・」
「んもうっ!! いい加減に聞きやがれぇっ!?」
 ドスッ!!
 頭上に強烈なチョップが決まる。
「ぐおっ!?」
 そして、ようやく声に気づく事になってしまったセイロ。
「何だ? 誰だ? どこだ?」
 混乱のあまり既に取り乱しまくっている。きょろきょろと辺りを見回していたが、そこに、
「んふふ・・・。こっちよぉ」
 響きばかりが甘い声がした。・・・ある意味、セクシーボイスと言えば、そうかもしれないが・・・。
 怖いが、振り向いた。かなり勇気を振り絞った。だって、ドスの利いたオカマ口調の相手だぞ?
 まともな話が通じないかもしれないではないか。
「だ、誰だっ・・・!?」
「んも〜うっ!! やぁ〜っと気づいたわねぇ〜〜?」
 そう言って笑うのは、その低いドスの利いた声に似合ったイカツイ風貌の、筋肉ムキムキの大男だった。しかし、仕草の方は、口調同様乙女・・・もとい、オカマのものだったが・・・。
「あなたって、本当に鈍いのねぇv」
「・・・」
 ゴツイ大男が、身をくねらせながら、オカマ口調で喋っている・・・のを見ることの、どれほど恐ろしい事か!! 並みのホラーに素で勝てるくらい怖いぞ、これはっ!!
 セイロはこの異常事態を夢だと思い込むことで、己の心を守った。
 こんなもの、悪夢に決定だ!! 化け物めっ!!
「うふふ・・・。アナタ鈍いから、今どんな状況か、わかってないんでしょう?」
「何だって?」
 ちらり、と先生の方に目を向けて、思わず冷や汗が流れるのを止められなかった。
 その様子を見てか、大男は楽しそうに笑った。
「あははっ!! やっぱり分かってないのね!!」
 ひとしきり楽しそうに笑ってから、彼は急に真剣そうに言った。
「い〜い? さっき、アナタ赤い小瓶を割ったわよねぇ?」
「あ? ああ・・・そんな事もあったような・・・」
 すでに、セイロにとって、それは遠い過去の出来事のように思えた。
「んふv 実はねぇ。この小瓶、『魔封具』だったみたいよ?」
「はぁっ!?」
 『魔封具』とは、大変貴重なものなのだ。
 使っている素材からして高級品だし、かつて精霊を封じ込めようとした時に、その大半が精霊と一緒に砕け散ってしまったりした、数少ない学者にとっての『遺産』とも言われるくらいなのだ。
 その数は世界でも、一千個も見つかっていないとも言われ、その道を学ぶ者にとっては、何に換えてもいいほどの、咽喉から手が出るほど欲しい、幻の一品なのであった。
「ほ、本当にっ!?」
 俄かに興奮してきたセイロであった。学者魂に火がついたのだ。
 だって、そんな幻の貴重品をこの手で触ったなんて!!
 いや、何より現物をこの目で見られただけでも、死ぬほど嬉しいのだ!!
 そして、信じられないが、この大男の言う事が本当だとすれば、偉大にして崇高なる、精霊の中の精霊、力では遥かに普通の精霊を凌駕しているあの『魔人』を、本物を見れるのである!!
 こんなの一生に一度あるかないかの、まさに夢のような幸運。
 その幸せ気分を打ち破るかのような大男の声も、今では天使の声に聞こえる・・・。
 そして、天使が囁く。
「えぇ〜え。本当よ。その証拠に、ほら・・・」
「って、ことは、もしかして・・・!?
 ああ、そうだ!! ところで『魔人』は? まだ、封印されたままなのか・・・!?」
 興奮し過ぎて、セイロは大男の有り難い言葉を途中で遮ってしまった。
「んも〜〜うっ!! 人の話しは最後まで、ちゃんと聞きなさいよねぇ〜〜!!」
 大男はやや機嫌を損ねたように、眉を寄せた。
 だが、今はそんなことに構ってなんかいられなかった。
「わかった、わかったから・・・!! それで? どうなんだ??」
「んふふ〜〜v あ・の・ね。アタシを見て、何か思わなぁ〜い??」
「・・・何か?」
 もちろん思う。正直に挙げさせてもらうとすれば・・・。
 ゴツイ。怖い。筋肉。オカマ。おぞましい。吐き気ばする。悪魔。モンスター。できれば見たくない・・・。
 等など、きりが無いくらいある。
 だが、そんなことを言えば、殺されそうな勢いを感じたので、穏便に、機嫌を損ねないように、そして、情報をうまく引き出すために・・・とりあえず褒めてみることにする。
 もちろん嘘で塗り固められた誉め言葉である。
 無理は承知で誉めてみよう・・・・・・せめて、この口が腐ってしまう前に・・・!!
「うぅ〜〜〜〜ん・・・」
 しかし、褒める? この大男を?
「♪」
 悩んでいるセイロを大男は楽しそうに眺めている。
「・・・美人、可愛らしい、可憐だ、優雅、よ、妖艶だ・・・?」
「それから、それから♪」
「・・・。」
(まだ、何か言えと!?)
「ええっと・・・素敵・・・大人っぽい・・・ナイスバディ・・・?」
「きゃあっ!! いや〜んっっ!!」
 セイロは景気よくバシバシと叩かれた。思いっきり痛い。
(何が、きゃ〜、いや〜んっだよっっ!!)
 何処からどう見ても、筋肉質な男である。それが今、照れているらしく、手で顔を隠してイヤイヤするように、身を捻っている。
 はっき言って、気色悪い。
 出来る事なら見ていたくなかったが、背中を盛大に叩いていた手が、セイロの肩に掛かっていた。
 ・・・逃げられねぇ・・・!!
 直感でそう感じたセイロは、しかし、最後の抵抗のように、そっと目だけは逸らしていた。
「うふふ〜♪ そこまで言うのなら、教えてあげてもいいわv」
 そこで、ふわっと宙に浮かぶと、上からセイロを面白がるように見下ろして、
「アタシが『赤い小瓶』に封じられていた『魔人』、『炎のジン』よ。よろしくねv」
 と言ったのだ。
「え・・・?」
 嘘。
 これが、魔人? 憧れの、強い力を持っている(まあ、持っているようには見えるが・・・)あの、魔人?
「う、嘘だろうっ!?」
「やぁ〜ね〜。本当よぉ。
 それに、よく見てよ。アタシ、宙に浮いてるでしょおぉ〜?」
「・・・うっ!! しかし・・・っ!!」
 確かに浮いている。そう言われれば、確かにそうなんだが・・・。
 認めたくないっ!!
 だって、憧れの、一生に一度見れたら、幸運、と言われるくらいの確立でしか会えない『魔人』が、コレなんて・・・っ!!
 あんまりじゃないかっ!?
 こんなのに会った所為で、これから、もしかしたら未来で会えたかもしれない他の『魔人』に会える可能性がなくなってしまったと考えると・・・めちゃくちゃ損ではないかっ!!
「何よ〜〜。不満そうねぇ・・・」
 もちろん不満だ。
「だって、だって、だってなぁ・・・!!」
 幼い頃から『魔人』に憧れていた。
 ある意味、これで喋り方がまともだっら、感激で泣いていたかもしれないのだ。
 現実とは、とにかく厳しいものである事を、セイロは身を持って思い知らされた気がした。
「んも〜〜うっ!! 自由にしてくれたのには感謝するけど、アナタ・・・感じ悪いわねぇ!
 アタシ、もう帰るからね!? じゃあね〜〜ん。バイバ〜イっ!!」
 最後くらいは、と愛想の良さを強調するような掛け声を残して去って行こうとしたジンに対し、セイロは脱力しきって、気力の欠片も存在しないような顔を上げた。
「うっ!?」
 その顔は、少なからずジンを恨めしげに見つめていて・・・。
「・・・な、何なのよぉ。その顔は。そんなにあからさまにガッカリした顔しなくてもいいじゃないの」
「・・・だって・・・」
「あ〜〜も〜〜〜! 後味悪すぎるわ!!
 それに失礼だと思わないの!? こんな美人が出てきたっていうのにぃっ!!」
 思いません。
 心の中で呟いた(即答)。
 ・・・まあ、自分の事を『美女』と言わなかっただけ、マシだと思わなければ・・・。
「・・・すみません」
「んも〜〜〜。・・・いいわ。特別サービスよ。
 封印を解いてくれたお礼に、イイ夢見せてあげる・・・・・・」
 こんな筋肉にイイ夢なんて、死んでも見せてもらいたくない。そう言おうとしたセイロだったが・・・。
 ジンが目を閉じて、なにやら呪文らしき言葉を唇だけで呟き始めた。
「・・・なに?」
 その問いに答えはなく。
 ただ、微かに彼の声が聞こえた・・・。
「・・・い〜い? 一回だけだからね? よぉく見とくのよぉ・・・?」
「え?」
 パアッ!!
「!?」
 一瞬ジンの周りが強く光った。その強い光に視覚を奪われ、セイロは光りの眩しさに圧倒された。
 強力な光線は、彼の目を焼き尽くすほどの白さで、数瞬だけの後遺症を残して去っていった。
 全ては、一瞬の出来事であった。
「・・・」
 恐る恐る目を開けたセイロが見たものは、正に想像していた『魔人』そのもの・・・・・・いや、それよりも遥かに素晴らしい姿をした『魔人』だった。
「これは・・・」
 何よりもその驚きに身を任す。
 ただ、その『魔人』を見つめた。その姿を目に焼き付けたいというように。
 肩に掛かるくらいの流れる髪。可憐といってしまっていいほどの、華奢な造作。細い身体。そして、その目立つ大きな瞳は、くるくると動いていていて・・・、薄く色付いた唇は春の花のよう。
 それらが、すべて収まっている、完璧にも近いバランスを持った、整った顔・・・。
「信じられない・・・」
 『魔人』である少女が、こっちを覗き込むようにして、軽く微笑んだ。
「どぉ〜〜お?」
 その瞬間。
 全ての幻想は、崩れ去った。所詮、夢なのだ。セイロの心の中は、ジンによって無残にも、何度目かの崩壊に襲われていた。
 ・・・確かに神秘的だ。
 ・・・が、その口調がいただけない。
 これで、喋らなければ、セイロの幻想は崩れ去ることもなかったはずだ・・・見た目だけならば!!
 セイロは心の中だけで泣いた。
「ねぇねぇ、どおってばぁ〜〜〜?」
 追い討ちをかけるような、ジンの声。
 ・・・恐ろしい事に、その声は。よく聞くと微妙に低い、少年のものだった・・・。
 セイロが固まると。ジンは、腰に手を当てて、
「何よぉ。これでも、満足しなかったって言うの〜〜〜??」
 と不満げに口を尖らせた。
 その姿が大変可愛らしい。これが自分の娘だったら、もう、抱きしめて頭を撫でてあげたいくらいに。
 しかし。
 奴は男で、オカマなのだ・・・。
 計り知れない切なさを感じた。
 セイロはもう、諦める事にした。とっとと追い返した方が、得策だったのだ。
「・・・いえいえ、もう、大満足ですよ、本当に。もう、本当にありがとうございました・・・!!
 ほら、感激で涙が出るくらい・・・」
 涙は本当に、出そうだった。絶望のあまりでだが・・・。
 その褒め言葉を真に受けるジン。嬉しそうに身体をくねらせている。・・・いかん。今の美少女(にしか見えん)姿じゃ、ついつい目を惹かれてしまう。意識して逸らさなくては。
「やんやん、そんなぁ〜〜〜〜。
 でも、やった甲斐があって、アタシも嬉しいわぁ〜〜〜vvv」
 ジンは、恥ずかしがるように、何度もイヤイヤと首を振っていた。それが、この姿になると、まさに・・・
ハマるという事を、セイロは、驚きを持って実感した。
 喜んでいるジンに合わせて、適当に笑ってみた。
「はははは」


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